dwarf words

May 11
“わざの「伝承」の要点
①「わざ」は、固定化された、方法の集合としての「技術」としてはみなされていない。
②目指されている「わざ」は、課題の積み重ねを経て巡り着く高次の「傾向性」の発現であり、それはTaskではなく、Achievement としてみなされている。
③高次の「傾向性」の発現のために、特定の身体感覚の共有にとどまらず、それを超えたAchievement すなわち到達状態についての感覚の共有が目指されている。
④Achievementの感覚の共有を促すための一つの工夫として、独特な言語使用、すなはち「わざ言語」が使用される。”
「わざ言語 感覚の共有を通しての「学び」へ」生田久美子,北村勝朗 http://p.tl/wpZr

May 10
“Taskの学びは、いかにしたらある種の行為ができるかという「方法の学び」として言い換えることができるのに対して、Achivementの学びはある種の行為が生起してしまう「状態の学び」の違いとして解釈することができる。
すなはち、ある種の「わざ」が到達した状態とは、それを目指す当該の学習者が、要素的あるいは段階的な学習活動(Task)を経た結果「なってしまった」状態であるということである。”
「わざ言語 感覚の共有を通しての「学び」へ」生田久美子,北村勝朗 http://p.tl/wpZr

“すなはち、「わざ」は一方で、「技術」あるいは「要素」として語られる場面と、他方「技能」として、つまり「わざ」を有している状態かどのようなものなのかという観点から語られる場面があるとしても、それは「技術」か「技能」かという並列的に対立した議論として捉えるべきではないということ、そしてハワードが指摘したように、「技術」と「技能」が論理的に異なる事象でもあるにもかかわらず、そのことを認識せずに議論するという自体にこそ注意を払うべきであるということに気づかせてくれるのである。” 「わざ言語 感覚の共有を通しての「学び」へ」生田久美子,北村勝朗 http://p.tl/wpZr

ライル、シェフラーそしてハワードが「技能」に関してもっとも強調したかった点は、「技術」つまり「行為のテクニック」や「手続きの知識」を追うことができても、特定の状況の中で適切な判断に基づいた表出ができなければ、また一回生の表出である限りは高次の「傾向性」としての「技能」が獲得できたとは言えないだろうという点である。

要するに、「有能さ」や「熟達」、「習熟」といったAttainmentsは練習される類いのものではないのである。「技能」それ自体は理知的な行為として表出されるものであるとしても、ライルの言うように「行為」それ自体は「技能」ではない。それは、高次の「傾向性」として語ることがふさわしい「状態」としてみなされなければならない。

「わざ言語 感覚の共有を通しての「学び」へ」生田久美子,北村勝朗 http://p.tl/wpZr

May 2
“つねづね申し上げていることですが、学ぶ力には三つの条件があります。
第一は自分自身に対する不全感。自分が非力で、無知で、まだまだ多くのものが欠けている。だから、この欠如を埋めなくてはならないという飢餓感を持つこと。
第二は、その欠如を埋めてくれる「メンター(先達)」を探し当てられる能力。メンターは身近な人でもいいし、外国人でも、故人でも、本や映画の中の人でもいい。生涯にわたる師でなく、ただある場所から別の場所に案内してくれるだけの「渡し守」のような人でもいい。自分を一歩先に連れて行ってくれる人はすべてたいせつなメンターです。
第三が、オープンマインド。人をして「教える気にさせる」力です。素直さと言ってもいいし、もっと平たく「愛嬌」と言ってもいい。”
「仕事力について」内田樹 http://p.tl/suWI

“「学ぶ姿勢」のある人は何よりも素直です。つまらない先入観を持たない。「アナーキズム的社会なんてありえないよ」という生半可なリアリズムで好奇心を閉ざさない。素直な人に訊かれると、こちらもつい真剣になる。知っている限りのことを、知らないことまでも、教えてあげたい気分になる。そういうものです。” 「仕事力について」内田樹 http://p.tl/suWI

“予備校生の頃、僕は法学部を出て、検察官か警察官になることを予定していました。でも、なぜか仏文学者になってしまった。法律家になっていたら成功しただろうかと今でも時々考えます。でも、何だかずいぶん残忍で非情な司法官になって、人びとを苦しませていたような気もして、「ならなかった方が世間のためだった」と自分に言い聞かせています。
仏文学者になることも、 武道家になることも、二十歳の時は全く予想もしていませんでした。でも、もののはずみで、それが職業になりました。なった以上、そこでベストを尽くす。そんなふうにして人間は「天職」を自作してゆくものではないかと思います。”
「仕事力について」内田樹 http://p.tl/suWI

“「特技や適性を生かした職業に就きたい」というのは、言い換えれば、「最小限の努力で最高の評価を受けるような仕事をしたい」ということです。すでに自分が持っている能力や知識を高い交換比率で換金したい、と。
そういう人は、自分が労働を通じて変化し成熟するということを考えていません。
でも、「その仕事を通じて成長して、別人になる」ことを求めない人のためのキャリアパスは存在しません。”
「仕事力について」内田樹 http://p.tl/suWI

“「天職」のことを英語では「コーリング(calling)」とか「ヴォケーション(vocation)」と言いますが、どちらも原義は「呼ばれること」です。
僕たちは、自分にどんな適性や潜在能力があるかを知らない。でも、「この仕事をやってください」と頼まれることがある。あなたが頼まれた仕事があなたを呼んでいる仕事なのだ、そういうふうに考えるように学生には教えてきました。
仕事の能力については自己評価よりも外部評価の方がだいたい正確です。頼まれたということは外部から「できる」と判断されたということであり、その判断の方が自己評価よりも当てになる。
「キャリアのドアにはドアノブがついていない」というのが僕の持論です。
キャリアのドアは自分で開けるものではありません。向こうから開くのを待つものです。そして、ドアが開いたら、ためらわずそこの踏み込む。”
「仕事力について」内田樹 http://p.tl/suWI

Apr 27

熟達者の特徴
⑥適切な方略を選ぶことができる。

⑦その場の状況の情報をリソースとして適切に活用できる。

⑧不確実性に対応できる広範な方略をもつため、不足の事態にも対応できる。

⑨短い時間と労力での実行を可能にする効率よく状況を動かすポイントを見つけること。

「実践知 エキスパートの知性」金井壽宏,楠見考編 http://p.tl/wWGz

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